🍃 この物語について
『煌めきの種』は、tomarigiの森を舞台に、
五人の主人公たちが、それぞれの「±0のわたし」へと還っていく旅の物語です。
第0章から静かに森の呼吸が始まり、やがて感覚の物語がひらかれていきます。

🍃 静寂と息
朝靄のなか、森はまだ目を覚ましていない。
音は消え、光さえも輪郭を失い、ただ静寂な息遣いだけが、その奥に満ちている。
柔らかな日の光が、靄を通して森の奥深くへ、慈しむように降り注ぐ。
葉の擦れる音は途絶え、枝は微動だにせず、
苔のひとしずくも じっと空気の重さを抱えている。
― けれどこの静寂は、ただの停滞ではない。 ―
森という名の境界なき体が、深くゆるやかな呼吸を繰り返している。
見えない靄の向こう側で、根が、土が、菌糸が、影さえも、
その呼吸のなかに織り込まれて。

それは長い間変わらなかった律動だ。
けれど今日、その奥底に新しい揺らぎが混じりはじめている。
誰にも気づかれぬほど微細な波紋。
それはまだ形を持たない、兆しのない兆しだ。
朝靄はすべてを曖昧にし、森はそのまどろみのなかで静かにそれを受けとめている。
まだなんの足音もない。
けれど森は知っている。
これが、ひとつの始まりになることを。

🍃 螺旋の気づき
その揺らぎは、言葉にもならず、かたちにもならず、
ただ気配として森の深層を満たしている。
見えない波が微細な波長となって、森の奥からゆるやかに広がっていくたび、
根はそれを感じ取り、菌糸は互いに微かな震えを伝え合っている。
靄に溶け込んだ水粒は森のすみずみに柔らかな湿度をもたらし、
その重みのなかで葉も枝も、地を這う蔓さえも、
ひととき、日々の静かな呼吸のままに。

森はその流れを急がない。
新しい兆しは、あたかも見えない呼吸のなかで束ねられた風の螺旋のごとく、
ゆっくりとその質量を増している。
それはまだ名もない存在。
だが確かに、森という大きな体の奥深くに、
ひとつの上昇の律動として響きはじめている。
一巡ごとにわずかに深まりながら、わずかに広がりながら、
いまもなお 息づいている。
森は知っている。
この螺旋がやがて目には見えるかたちとなり、
五つの異なる気配をひとつの流れに結びはじめることを。
そしてそれが、まだ見ぬ渦の中心へと向かっていくことを。
