煌めきの種|第1章 §3:触れあうことで、わたしに触れる ~柚葉~

煌めきの種

🍃 触れすぎた、わたしの手


柚葉の手は、ふれあうたびに

相手の“心の波”を拾ってしまう。





見つめ合わずとも、ほんの一瞬のふれあいに、

震えや湿度、呼吸の間から、

隠された感情が手のひらに届く。






最初は、それを“贈りもの”だと思っていた。



でも、ある時から気づいてしまった。

触れたその直後に、

誰かの目に涙が浮かぶことがある。




それは喜びか、癒しなのか、それとも

――沈んでいた想いを

呼び起こしてしまったのか。






通りすがりの人に手を貸したとき。

電車で倒れかけた誰かを支えたとき。



会釈とともに去っていった背中に、

ふと見えた揺れる肩。




その肩を包む空気は、

しんと湿り、温度を失っていた。






言葉のない別れのあとに残るのは、

「わたしの手が何かを壊してしまったのでは」と

自分の手の温度を疑う、

小さな痛みだけだった。




それが積もり、重なっていくうちに、

柚葉の手は、自分でも気づかないうちに、

ふれることをためらうようになっていた。





誰かの感情を壊してしまうかもしれない

という不安から、彼女は優しさから

生まれるはずの触れることさえも、

自分から遠ざけていた。





ほんとうは、

やさしくふれたいと思っているのに。



🍃 皮膚で聴く森


森の奥で、ふと、柚葉は靴を脱いだ。





しっとりとした土に、裸足の足裏が沈み込む。

湿った苔の香り。ふくらむ大地の温もり。



ああ、

わたしは今、地球の肌にふれている

――そんな感覚が、

皮膚のすみずみにで広がっていく。





首筋に、やわらかな光があたる。


木漏れ日の粒が肌の上で跳ね、

風が腕をなぞるたびに、小さな記憶が揺れた。





それは指先だけじゃなかった。

わたしはずっと、こんなにも全身で、

世界を感じていたのだ。





細い道をたどるうちに、草の擦れる音や、

小さな虫の羽音さえも、肌が聴いていた。




ふくらはぎに触れた葉のしずくが、

そっと体温と溶け合っていく。




わたしの中で、かたくなだった何かが、

ほんの少しずつほどけていくのを感じた。





やがて目の前に、ひときわ大きな木が現れる。



幹に手を添えた瞬間、

ざらりとした樹皮とともに、

内側からゆっくりとした

あたたかさがにじみ出ていた。




それはただの木の温度ではなかった。


まるで森そのものが体温を持っているような、

静かでやわらかなぬくもり。





そのあたたかさが、柚葉の皮膚に触れ、

心の奥まで染み込んでいく。




「ふれていいんだよ」





風のあいまに溶けたその声は、

耳ではなく肌で聞こえた。




森は、なにも問わず、なにも責めず、

ただ静かに、

柚葉のからだを迎え入れてくれた。





彼女が触れたのは、誰かの感情の波ではなく、

ただ静かに「在る」ものだった。



土の温もり、木の幹の感触、風のなでる感触。





森は柚葉の全身を通して、

ふれることの温もりを教えてくれた。



🍃 ぬくもりの記憶で、わたしを縫いなおす


森を出るころには、柚葉の足は、

自然と地面を探していた。





草の柔らかさも、小石のひやりとした感触も、

今はすべてが愛おしい。




風が頬をなで、

指のあいだをくぐり抜けるたびに、

かつて閉じていた感覚が、

ひとつひとつ、そっと戻ってくるのがわかる。




――もう、誰かを傷つけてしまうかもしれない、

という思いだけで、

ふれることを怖がるのはやめよう。





柚葉はそう、ゆっくり心の中でつぶやいた。





あの日、見知らぬ人の目に浮かんだ涙が、

悲しみだったのか、癒しだったのか、

それは今でもわからない。





でも、わたしの手は、その一滴にふれた。

その記憶は、まだこの指の先に残っている。





ふれることは、まっすぐに届くこと。

そして、受け取ること。



手を差し出すのではなく、

手をそっと差し入れるように。

肌を通して、相手の温度に耳をすますように。





そんなふうに世界とつながっていけばいい。


わたしはきっと、ふれていい。

ふれて、感じて、生きていい。





その日から、柚葉はときどき靴を脱ぎ、

そっと誰かの肩に、背中に、

手のひらを添えるようになった。





小さくうなずくように、静かに、やさしく。



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