煌めきの種|第1章 §5:光の三日月フレームの向こう ~陽葵~

煌めきの種

🍃 都市の色と自分の色


陽葵の世界は、光の質感で呼吸していた。





街を歩けば、信号の青と赤、

ショーウィンドウの反射光、広告のきらめき

――人工の光は目に映るより早く、

体の奥のリズムを揺らす。






効率的に並んだ色と形は、

記憶までも映像のように貼りつき、

呼吸の間隔までも少しずつ詰めていく。





そんなある日、視界の右端に、

淡い縁取りのような光が浮かび上がった。





形は、細く湾曲した三日月のよう。

そこには虹色の薄膜がかかり、

呼吸をするたびに

色がやわらかく像に滲んでいく。





青は淡く溶け、橙はかすかに震え、

紫は霧のように揺れながら、

絶え間なく姿を変えていく。






瞬きをしても、目をこすっても消えない。




「これは、目が見ているの? 

それとも心が見ているの…?」





三日月フレームの内側には、

外界よりも深く澄んだ空気が

流れているようだった。






その境界の奥には、まだ名のない景色が、

静かに漂っていた。

🍃 虹色の跡をたどって


そこには、柔らかな虹色の粒子が漂っていた。





まるで微細な花びらが光に透け、

静かな水面を漂うように。





外の世界と、フレームの中の世界

――そのあいだを隔てる薄い光の膜は、

完全に分けることはせず、

ゆっくりと呼吸を通わせている。





陽葵の意識は自然とその色の流れに

引き込まれ、余分な力がふっと抜けていく。



「見よう」としていた視線が解け、

ただそこに存在する色の息づかいを

感じ取っていた。






やがて、フレームの向こう側に、

森の断片のような光景が見えた。



葉脈を透かす光、

湿った土の香りを含んだ風。



色は形を離れ、息や体温のように

彼女の中に染み込んでくる。






その一片一片が、幼い日の記憶の底に

沈んでいた映像と重なっていく。





――あの時も、同じ色を見た気がする。





その景色の奥に、自分だけが知る

呼吸のリズムを見つけたように。





気づけば、陽葵の足は

ゆっくりと動き出していた。




理由はわからない。


ただ、その先に続く色の流れを

たどらずにはいられなかった。





光の粒がまるで道しるべのように漂い、

知らぬ間に彼女を包み込んでいく。




ふと我に返ったとき、目の前は、

tomarigiの森の柔らかな風景に

満ちていた。

🍃 筆先からの森の粒子


陽葵の感覚に溶け込む風景に誘われ、

さらに森の奥へと足を踏み入れる。



光は葉の影をやわらかく染め、

色の粒子はさらに細やかになっていった。






彼女の目は、もう情報を「捉える」ため

ではなく、ただ色と呼吸を共にするため

に開かれていた。





ポケットから、いつも持ち歩いていた

小さな筆を取り出す。


筆先が空気をすくい、

漂う色をそっと撫で映す。




その瞬間、色は絵の具ではなく、

森そのものの粒子だったと感じた。





風がかすかに揺らし、

描いた線が空間に溶け、

色は風と混ざり、

森の景色とひとつになっていった。





その線は森の奥深くへと沈み、

見えない記憶の層に溶けていった。






そのとき、陽葵は滲むように知った。



ここでは、色も形も境界を持たず、

ただ在る姿が息になることを。






自分もまた、その呼吸のひとつとして、

静かに森に混ざっていった。






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